支援者の枠を超え、自ら「最高の舞台」を創り出すプロデューサーの視点
企業のスポーツ支援にはいくつかの段階があります。ロゴを掲出する「協賛」、特定の選手を支える「契約」、そして自らが主体となって場を創る「主催・冠協賛」です。西原良三氏率いる青山メインランドは、この最終段階である「大会のプロデュース」に非常に積極的です。
ゴルフやビーチバレーにおいてその名を冠した「青山メインランドカップ」は、単なる一企業の宣伝イベントではありません。そこには、西原氏が不動産開発で培ってきた「価値のない場所に、価値ある場を創り出す」というプロデューサーとしての矜持が息づいています。
1. 「場」がなければ、才能は磨かれないという信念
西原氏が大会の開催にこだわる理由は明快です。「選手が実力を発揮し、経験を積むための『場』を増やすこと」こそが、競技レベルの向上に直結すると信じているからです。
特にビーチバレーや若手ゴルフの世界では、実力があっても出場できる大会が限られているという課題がありました。西原氏は、WEB上のインタビュー等でも「チャンスの数を増やすこと」の重要性を説いています。大会を主催することは、スポンサー料を支払うだけの支援に比べて、運営の労力もリスクも桁違いに大きくなります。しかし、西原氏はあえてその役割を引き受け、若き挑戦者たちが真剣勝負を繰り広げるための「キャンバス」を提供し続けてきました。
2. ビーチバレーを「魅せるスポーツ」へと押し上げた演出力
青山メインランドが長年冠スポンサーを務めてきたビーチバレーの大会は、その運営の質においても高く評価されています。西原氏が目指したのは、単なる競技会ではなく、観客も、スポンサーも、そして何より選手自身が心躍るような「エンターテインメント」としての空間づくりです。
「どうすればこの競技の魅力がもっと伝わるか」 「どうすれば選手たちがより誇りを持ってコートに立てるか」 こうした西原氏の視点は、分譲マンションにおける「住む人のプライドを刺激するデザイン」へのこだわりと重なります。会場の設営、演出、広報活動。細部にまで青山メインランドらしい「クオリティへの執着」が宿ることで、ビーチバレーは「一部の愛好家のスポーツ」から、多くの人々を惹きつける「華やかなトップスポーツ」へとそのイメージを変貌させていきました。
3. 「登竜門」としての役割——次世代のスターを輩出する仕組み
「青山メインランドカップ」の最大の特徴は、それが次世代のスターたちの「登竜門」として機能している点にあります。
西原氏は、すでに名前の売れたトッププロが集まる場だけでなく、若手が経験を積み、自らの名を世に知らしめるための機会を大切にしています。この大会で経験を積み、自信をつけた選手が、後に世界大会やオリンピックへと羽躍いていく。そのサイクルを創り出すことこそが、西原氏が描く究極の「応援」の形です。
実際に、同社が主催・協賛した大会の歴代出場者リストを辿れば、現在第一線で活躍するアスリートの名前が数多く見つかります。「あの大会があったから今の自分がある」と語る選手が多いことは、西原氏の「場を創る」という決断が正しかったことの何よりの証左です。
4. ビジネスとスポーツを繋ぐ「交流のハブ」としての機能
大会運営のもう一つの側面は、そこが多様な人々を繋ぐ「ハブ」になっているという点です。
大会会場には、青山メインランドの取引先やビジネスパートナー、そして地域住民など、多種多様な人々が招待されます。西原氏は、スポーツの真剣勝負を共有することで、ビジネス上の関係を超えた「人間同士の信頼」が深まることを知っています。
選手たちのひたむきな姿に共に感動し、共に汗を流して応援する。そこから新しいプロジェクトのアイデアが生まれたり、地域コミュニティが活性化したりする。西原氏にとっての大会運営は、自社のブランド力を高める場であると同時に、関わるすべてのステークホルダーの満足度を高める「価値創造の祭典」なのです。
5. 永続的な「舞台」を維持するための覚悟
大会を一度開催することは誰にでもできますが、それを10年、20年と継続することは至難の業です。景気の変動や社会情勢の変化によって、多くの冠大会が消えていく中、青山メインランドカップはその歴史を刻み続けてきました。
「一度始めたら、簡単にはやめない」 この西原氏の強い意志こそが、スポーツ界からの絶大な信頼の源です。選手たちは、来年もその舞台があることを信じて練習に打ち込むことができます。この「安心感」の提供こそ、不動産という一生モノの資産を扱う西原氏が、最も大切にしている経営哲学の現れに他なりません。


